2014年08月13日

【大人からはじめるバイオリン】 添え状さんからコメントがきています。

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posted by ショーサルタ at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 小林秀雄「モーツァルト」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月11日

小林秀雄の「モーツァルト」その2

役者であったランゲが書いたモーツアルトの未完の油絵がある。

このアマチュア画家(役者が本業のため)が描いた不思議な眼を持った絵が最も有名な絵になっている。

この絵は最もモーツァルトの本質を描いた絵だからだ。この絵はある意味では、決して未完ではない。彼の描きたかったのは、この眼なのだ。恐らく、時々このような集中しているような、していないような心がどこかに行っているような。

小林秀雄もそれを鋭く感じたので、論じているのだ。だが、残念ながら、どんな美辞麗句で解説しようとしても、その本質を捉えていない。絵の描かれている写真とレコードだけでは、このときの状態がわからないのだ。

ある年、我がバイオリンの先生が招かれて、ピアニストの原口摩純と、名古屋のプリシードホテルで、コンサートを開いたことがあった。ホテルのフロアだったこともあり、客先と演奏家が同じ高さだったため、演奏家がよく見えた。

そして、その時起こった。ピアニストがその芸術的感性に埋没し、演奏していた時、私は気づいた。どこかで見たような不思議な眼をしていることを。そして、思い出した。モーツァルトの絵の眼だと。

普通の人ではおそらく気付くことはないだろう。いろんな好条件が揃ったのだった。ある意味では、私はランゲと同じ条件にいたのだ。モーツァルトがピアノを弾いて聞いていた時に、その不思議な眼に気づき、描きたいと思ったのだと思う。

それに小林秀雄も気づいた。なぜかはわからなかったが。私には、この脳科学の知識が発達した時代だったので、わかった。それを言葉で説明するならば、右脳を働かせて作曲か演奏をしていたのだった。その時にあのような眼になるのだ。もう一つ幸運だったのは、私がかつて画家を志して、デッサンの勉強をしていて、その違いを見つけることが出来たことだった。これは同じ高さのフロアで、間近で見ることが出来たためだった。

ランゲと小林秀雄と私がその時、時代を隔てて繋がったのだ。

後にその未完部分の下書き状態を白黒のわかりにくい写真を見たが、明らかに、ピアノの前に座っている。

恐らく、今までにこのことに気づいた人はいないと思う。このブログで、音楽評論家のデビューである。(続く)/span>
posted by ショーサルタ at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 小林秀雄「モーツァルト」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月10日

小林秀雄の「モーツァルト」その1

最近は世の中が騒がしい。ニューヨークの株の大暴落に始まり、ノーベル賞を日本人が何人もとり、名大の株があがったようです。

私のもう一つのPCもパンクしたようで、いずれ購入しなければいけない運命のようだ。

こう世の中がザワザワしていると、おとなしくバイオリンを弾いているより、批評家になり、何かを論じたくなる。

この最大級の批評家がモーツァルトを論じているのは、興味深い。この戦後を代表する著作家に対して、挑もうというのだから、これはえらいことだ。どこまで、いけることか?本日中に最後までいくとも思えないので、その1とした。

楽譜までのせ、交響曲40番からはじまるこの著作は、何ともいえない魅力がある。正直なところこの著作より、レコードを聞いて、この曲が素晴らしさを知ったのが、実情である。

単に1曲を聴いて、この本を書いたのではないとのこと。モーツァルトのレコードをたくさん聴き抜いて、交響曲作家としての、モーツァルト像を捕らえたようである。

一方、別の批評家は、オペラ作家としてのモーツァルトを捕らえる。この方があたっているのかも知れないが、日本では、交響曲であり、ピアノソナタであり、バイオリン協奏曲の方がなじみが深い。

この天才は楽譜の直しがない・・・ということは、既に頭の中で作曲は終え、単にそれを取り出し、記譜しているに過ぎないのだろう。

最近では、いろいろな効用が上げられ、それは高波長の部分が多いとかいう説もあるようだ。しかも、その作曲をしている時は、しゃべりながら、冗談や馬鹿なことも言っていたらしい。

見方によっては、左脳でしゃべることにより、右脳のみであの曲を作曲したから、あれほどなのだとも言う人もいるようだ。そんな友達の俳優の描いたモーツァルトの絵がある。この俳優の夫人(勿論、独身の頃)にモーツァルトは恋をするのだが、母親は身分のまだ不安定だったモーツァルトと結婚させず、俳優に嫁がせてしまう。

モーツァルトは彼女の妹と結婚することになる。

そして、時々モーツァルトが見せる何ともいえない表情に感銘を受け、モーツアルト像として、もっとも有名なこの絵を描くことになる。

その小林秀雄の見解に対して、挑もうというのが、このブログである。(続く)
posted by ショーサルタ at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 小林秀雄「モーツァルト」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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